1999年度文化経済学会研究大会 1999年10月30日
事例研究  研究発表予稿

メディア・アート・センターの
インキュベーターとしての役割

 

岡田智博 九州芸術工科大学芸術工学研究科博士前期課程情報伝達専攻
クールステーツ・コミュニケーションズ マネージング・エディター

 

はじめに
マルチメディア文化基盤:メディア・アート・センター

→近年、欧州各地で「メディア・アート・センター」とよばれる(この形態に対する用語がまだ確定されていないので、一般的に使われているこの呼称をここでは用いる)施設や機関が数多く設置させるようになってきた。
 これらは、コンピュータによる新しい表現やインターネットを代表とする新しい情報伝達手段を地域に根付かせるとともに、マルチメディアを用いた情報発信および交流の場とすることを企図して設置されている。
  センターの取り組みは主として、これら新しいメディアを芸術・文化的手段として用いることで、地域コミュニティーもしくは産業に活用できるノウハウの開発と蓄積や地域住民に対する新しいメディアへの教養を提供するというものにある。
  今回の発表では、今までの芸術文化施設とは異なる機能を持つ、メディア・アート・センターが、地域にとってどのような位置付けで存在し、実際にはどのような機能を提供できているのかを、新しいメディアを地域に定着させるインキュベーターとしての役割という視点から考察するものである。

 


欧州の各メディア・アート・センターのプロフィールは、WWW上のデータベース「ハイブリッド・メディア・ラウンジ」で見ることが出来る。

ハイブリッド・メディア・ラウンジ
http://www.medeialounge.net

 

 

欧州全域に発生し続ける存在

→現在、メディア・アート・センターは、欧州各国もしくは地方行政機関にとって、地域における高度情報通信部門の振興の要として位置付けられており、結果、90年代末のここ数年間の内に、ヨーロッパのほとんどの国で、メディア・アート・センターもしくは、その機能を付随させた美術機関が存在する状態になっている。
  多くの例として、サービスもしくは機能として、インターネットに関するソリューションの提供、コンピュータグラフィックスやビデオアートなどのための機材およびスタジオの使用、マルチメディア・コンテンツの制作、先端技術系研究機関との共同研究、アーティストへの作業環境の提供、メディア表現に関するイベントの開催、作品の展示というものになっており、比較的事業性が強いものになっている。そのため、ほとんどのメディア・アート・センターの運営主体は、そのための法人によって行われており、強い採算性が求められている。

 今まで地場では存在していなかった、地域コミュニティーに対するマルチメディアサービスを補完するとともに、独自のコンテンツが創作できる機能であり、また、情報通信ベンチャーの育成を促すだけでなく、これらのサービスを通じて収益の確保が見込まれるメディア・アート・センターは、文化のみならず産業振興の部分からも注目されるとともに、独立した事業としての可能性が見え始めたことが、数多くの設置を促した理由ということが出来るだろう。

 


De Balie

 

メディア・アート・センターが地域に果たしている役割

→地域に果たしている役割について、幾つかのセンターを例にして取り上げたい。

 

事例1 新旧メディア研究所
―オランダ・アムステルダム市

住民によるNPOとして誕生

→アムステルダムは元来、住民の手によるメディアを用いた表現活動が盛んであるとともに、コンピュータ・ネットワークを用いた表現活動が若者文化の一つとして定着していた場所であった。
  1994年、インターネットへの関心が一般的な議論として、アムステルダムでも語られるようになる中で、メディアセンターである"De Balie"を舞台に、この新しいメディアをビジネスの側面でのみ考え、振興する方向とは別に、新しいメディアを地元住民にサービスとして提供するだけでなく、そのことが何を意味するのかを議論するとともに伝達できる場所が必要であるという論議が始まった。

 De Balie は1972年に生まれた学生による自主運営シアターを起源にし、アムステルダムにおける社会および文化の問題を論議する場として成長してきた。
  1984年、元の裁判所を改造して作られた、多目的ホールを擁する非営利法人"De Balie" ―文化政治センター― に改組、ホールでの自主イベントの主催の外、市庁やオランダ政府の委託による、政治や行政の問題に関する公聴会の運営および地域の文化やジャーナリスティックな問題に関する討論会の実施や、出版事業を行っている。

 コミュニティーにおける文化発信センターであったDe Balieにおいて、新しいメディアの地域での活用を議論するのは必然として認識され、De Balieにまだ存在していなかった新しいメディアを活用するための機器や情報通信基盤を備えた、コミュニティーにとっての高度情報化社会の実現のための支援を目的にした、「新旧メディア研究所」が議論に参加した有志の手によって、De Balieなどの地域文化振興 NPO とアムステルダム市、オランダ政府の支援のもと、1995年に設立された。

 


De Waag

 

 

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現在における役割
アムステルダムにおける電子コミュニティーのエキスパートに

→1997年より、新旧メディア研究所は、歴史的建造物「De Waag」に移転、規模を拡大している。
  「De Waag」は、1488年にアムステルダム市内へのゲートとして建てられた建物で、以降、ギルドの集会場や研修施設として使われてきた。
  新旧メディア研究所は、この歴史を引き継ぎ、アムステルダムのコミュニティーにおける新しいメディアと表現に対する支援センターとしての機能をDe Waagから提供するという象徴的な役割を担っている。
 現在、新旧メディア研究所は、De Balieでの議論以来、運営にあたり続けるスタッフを中心にアムステルダムで最も経験のある電子コミュニティー(eコミュニティー)・文化(eカルチャー)シンクタンクとして様々な業務を行っている。

 業務内容は:

  1. 調査・研究:
    eコミュニティー・eカルチャー上での動向および個別の事業展開の手法に関するもの(対民間企業・行政)

  2. インターネット・コンサルティング:
    インターネットを用いたシステムやコンテンツの開発に関するコンサルティングとサービスの提供(対民間企業・行政)
  3. 教育支援:
    eコミュニティー・eカルチャーおよびコンテンツ制作に関する教育プログラムの提供(対各種学校機関、一般向けもあり)
  4. 教育手法の開発:
    初等教育向けの学習用CDROM・インターネットコンテンツの開発、導入(対行政・各種学校機関)
  5. 普及・啓蒙イベントの実施:
    マルチメディアの可能性と実際の活用事例とその魅力や問題点をイベントを通じてプレゼンテーション
  6. De Waagのレンタル


→新旧メディア研究所は、行政当局からの予算配分は無く、これら事業による自主経営によって運営されている。
  事業収入の内訳は、公的機関からの業務委託(30%)、民間企業からの受注(30%)、教育支援事業(20%・教材開発は含まず)、De Waagのまた貸し家賃収入ほか(20%)となっており、1999年度は100万ユーロの収入(98年は90万ユーロ)を見込んでいる。

 事業の受託に関する強みは、プログラマーやアーティスト、それに編集者やアドミニストレータ―などのスペシャリストを独自に抱え、相手にあった自由なソリューションを提供できるため、民間企業への業務であっても価格および内容ともに強い競争力を持っていることと、公的機関からの業務委託においては行政とも関わりあいが深い、非営利法人であるために、ほとんどの場合、プロトタイプ時点で予算がつくというものがある。
  しかし、皮肉にも、彼ら自身が整備した、自由なeコミュニティーの基盤から、マルチメディア関連のベンチャー企業が輩出し、価格の面でも、質の面でも、コンペティティブな状態に、対民間企業・行政ともに変化しており、一定の役割を担った組織としての優位性が失われつつある。

 現在、より長期にわたる契約が確保できる事業づくりを行い安定収入を探る一方で、コミュニティーにとっての高度情報化社会実現の支援という役割を、他の欧州各地のメディア・アート・センターと連携を取りつつ、今までのノウハウを活かしながら、EU規模で果たしてゆく方向性を検討している。

 

 

アルスエレクトニカ99の
昼下がり

「弾いている私自身がきもちいのだよ。とってもいい」ドナウ河畔で昼下がり、マイケル・ナイマンはリラックスをしながら演奏する。聴衆は芝生でごろごろ・・・

事例2 アルスエレクトロニカ・センター
―オーストリア・リンツ市

世界最古の毎年開催の電子芸術フェスティバル

1979年、毎年、リンツにて行われてきた、ブルックナー音楽祭の新趣向として、コンピュータミュージック&グラフィックフェスティバル「アルスエレクトロニカ」が同時に開催された。
 この際、リンツ市の人口の3割強ともいうべき10万人もの動員をアルスエレクトロニカ単体で集め、大成功の内に終了した。 この成功をもとに、毎年開催のペースで今に続いている。

 ここ20年間のコンピュータならびに情報通信技術の発展は、芸術のみならず、社会や経済、文化のかたちを大きく変え続け、「文化としての電子芸術」をテーマとするアルスエレクトロニカは、その時流とともに、世界の電子芸術における一大祭典の姿へと変貌を遂げることになった。

 


アルスエレクトロニカ・センター


フューチャーラボ

新しい街づくりにアルスエレクトロニカを活用する

→1995年になって、芸術祭としてのアルスエレクトロニカの成功と、それによる、電子芸術やマルチメディア文化や技術に関する情報の集積を、リンツの街づくりに活かすための調査がリンツ市の手によって開始された。
  その結果、恒常的なメディア・アート・センターの設置がふさわしいとの結果を得、1996年、リンツ市主導による運営法人が設立され、アルスエレクトロニカ・センターがオープンした。

 アルスエレクトロニカ・センターは、芸術とテクノロジーの融合による、新しいノウハウの提供の場として、位置付けられており、フェスティバルへの参加作品を中心とした電子芸術を展示する「未来美術館」、芸術とテクノロジーの融合によるノウハウの開発を企業や各種機関とともに行いながら、人材育成も進める「フューチャーラボ」を設置している。
  また、アルスエレクトロニカ・フェスティバルの運営もセンターに移管されている。

 一方で、東京のNTT-ICCやドイツ・カールスルーエのZKMなど、同時平行もしくは先に開設された大規模なメディア・アート・センターの事例を検証しながら、リンツの都市の規模にあった比較的低コストで最大効能を求める検討が重ねられ、結果、長期にわたる共同研究やパートナーシップを幾つかの企業から獲得するという手法が取られている。
  今までに、コンパック、ヒューレット・パッカード、マイクロソフト、オラクル、シリコングラフィックス、シーメンス、エリクソン、オーストリアテレコムなど、12の有名国際企業がこれに参加している。

 

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現在における役割

→ アルスエレクトロニカ・センターは、リンツ市からマルチメディア技術と電子芸術的表現を活かした産業支援の役割が新たに求められ始めている。
  しかし、現在のところ、他の地場産業育成事業との連携がとられていないため、地元企業へのノウハウの伝達やコンサルティングによる支援はバーチャル・リアリティー分野での数件に留まっている。
  また、これらコンサルティングや共同事業に関して、地場企業に対する優遇がなされていないこともその要因の一つと考えられる。リンツ市は、アルスエレクトロニカ・センターをEU内での都市としての地位を高める機能として重視しており、フェスティバル以来の傾向である国際性により注力した運営がなされている。

 現在のところ、経営面では利益を出すのには程遠い状態にあり、運営予算の半分程度の助成をリンツ市より受けている。ただし、リンツ市としてはより一層の収益性を重視しており、助成金の金額はほぼ一定のものになっている。

 

これがアムステルダムの
日常にある De Waag
ナイトイベント


→写真、映画、ビデオ、サウンドスケープ、WEB・・・を三々五々持ち寄って「夏の想い出を語る会」。

 

日本のある地方都市での
メディア・アート・センター
構想に関するインターネット
掲示板より



メディア・アート・センターがインキュベーターとして
活かされる機能

→ コミュニティーベースから始まったアムステルダムと、行政の取り組みとして位置付けられているリンツのケースを振り返り、メディア・アート・センターの最大の特徴ともいうべき、地域文化および新産業のインキュベーターとしての役割が活かされる機能としては、以下のものがあげられるだろう。

  • 新しいメディアの可能性と実現方法をコミュニティーに伝達する機能
    高度情報通信サービスの進歩と普及によって現実になりうる状況を広くコミュニティーに認知させる役割として
  • 高度情報通信・マルチメディア技術を地場化し、地域独自の文化基盤を保持する機能
    高度情報通信基盤の地域での実用化と普及を前に、独自のコンテンツやサービスを開発するための文化センター「プラットホーム」を保持することで、独自の地域文化やサービスを地場化する役割として
  • 新しいメディアによる地域社会の形成を住民参加型で実現させる機能
    コミュニティーにとっての高度情報化社会の実現のための支援を目的とすることによって、コミュニティーの構成員自身の認識と創意による基盤形成を現実化する役割として、また、このことは一人一人の構成員自身のメディア対応能力を高める効果もある

 これら、地域コミュニティーにおける、地場自身からのサービスやコンテンツによる高度情報基盤の整備は、関連する事業を創出するだけでなく、対応力をもった人材を輩出し、多数のユーザーを育成する側面から、産業インキュベーターとしての機能ももたらすのである。

 ただし、これらの地域における文化および産業インキュベーターとしての、メディア・アート・センターを実現するにあたって、重要なのは、いかにコミュニティーの構成員の参加を促し、いかに「プラットホーム」での創造活動に巻き込んで行けるのかということで、これらコミュニティーの構成員がユーザーとなり得ないサービスを生じさせるような構造になることを避けなければならない。
  ユーザーとなり得ないサービスは、無駄なコストを発生させるだけでなく、新しいメディアに対する嫌悪感をコミュニティーに生み出し、地域におけるこれらの領域の発展を阻害する大きな要因となることになるからである。その点で、コミュニティーベースによるメディア・アート・センターが自然な流れとして生まれてきたこれらの事例は大いに参考にできるものであるといえるだろう。

 

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